こんにちは。
バリトンのAKI柴田です。
バリトンのAKI柴田です。
今年、4年振りに再復帰し合唱活動を再開しました。
1985年の第1回定期演奏会から毎年演奏している多田武彦作品。
第34回定期演奏会の今年は、氏の男声合唱組曲の第一作目として1954年に
第34回定期演奏会の今年は、氏の男声合唱組曲の第一作目として1954年に
世に出た「柳河風俗詩」(詩:北原白秋)を再び取り上げます。
6月22日、梅雨空の午前9時1分、日本最西端の駅、長崎県佐世保駅を出発。
(国鉄民営化前は、より西側の平戸島の玄関、平戸口駅が最西端の駅だった)
JR佐世保線、長崎線、鹿児島線と西鉄天神大牟田線を乗り継ぐこと3時間半、
目的地の福岡県柳川駅に着いた。
”詩聖” 北原白秋の故郷、柳川市である。
JR佐世保線、長崎線、鹿児島線と西鉄天神大牟田線を乗り継ぐこと3時間半、
目的地の福岡県柳川駅に着いた。
”詩聖” 北原白秋の故郷、柳川市である。
白秋26歳の時に刊行した抒情小曲集「思い出」の末尾に「柳河風俗詩」と題
する48の詩篇からなる章がある。
その中より、"柳河・紺屋のおろく・かきつばた・梅雨の晴れ間"の4詩が、
多田武彦氏によって男声合唱組曲となった。
以来、数多(あまた)の男声合唱愛好者に愛され歌われてきたことだろう。
三橋(みはしら)神社入口の"銅(かね)の鳥居"の手前に赤い"欄干橋"がある。
その"欄干橋"の真下に水郷柳川の川下りの乗船場があった。
約60分の川下り。川底まで透き通る水郷の流れ・・・は、今は昔。
約60分の川下り。川底まで透き通る水郷の流れ・・・は、今は昔。
白秋が育ったころは清らかな川の流れであったことだろう。
水は清らかに流れで廃市に入り、廃れはてたNoskai屋(遊女屋)の人もなき
厨の下を流れ、洗濯女の白い洒布をに注ぎ、水門に堰かれては、三味線の音の
緩む昼すぎを小料理の黒いダアリアの花に・・・。
川下りは国際色豊か。私が乗船した舟には私を除いて皆台湾からの観光客。
いや賑やかなこと(笑)!
いや賑やかなこと(笑)!
川下りの最後の橋"稲荷橋"を潜ると船着場だ。
そこが、白秋生家口。市内を歩くこと10分、北原白秋生家と記念館に着いた。
この4詩を読み込むと、幾つかの疑問が生まれる。
1.柳河
馭者の案内する馬車はどのようなコースを走っていたのだろう?
2.紺屋のおろく
このおろくさんとは一体・・誰?
3.かきつばた
昼はONGOのてにかをり・・、夜は萎れて三味線の細い吐息に泣き明かす、
喜びと、悲しみの暗示。
喜び、悲しんでいるひとは、白秋自身なのか?
4.梅雨の晴れ間
柳河では当時、実際にこのような旅芝居の一座が公演することがあったの
であろう。季節はいつ頃なのか・・・。
これらの疑問については、白秋記念館館長の大橋鉄雄様に丁寧にお答えを
頂きました。(後日、団員のみなさんに共有します)
音楽的な技術も然ること乍ら、詩に込められた作者の想いや、鏤められた
独自の遊びなどを考え、イメージしながら合唱作りに励んでいます。
第34回定期演奏会
2018年10月13日(土)14時開演
会場 江戸川総合文化センター(小ホール)
みなさまのご来場を心よりお待ちしております。